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Home > フィリピンの歴史
 
 
 
 
■ フィリピンの歴史
 
     
■ 前史  
 
− 紀元前2万5千年〜3万年前にネグリト族がフィリピンに移住
− 原始マレー人が新石器文化を持って移住
− 古マレー人が水田農耕を持って移住
− 紀元前500年〜13世紀にかけて新マレー人が移住。
− 3世紀 扶南国の交易相手として巨延洲(フィリピン諸島)の記述がみられる。交易品目はイモ・シャコ貝。
− 14世紀後半 中国〜東南アジア〜インド〜中東を繋ぐ航路上で海上交易を行っていたイスラム商人の影響でフィリピン
  諸島にもイスラム教が広まる。スールー諸島ではイスラム国家・スールー王国が建国される。
 
 
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■ スペイン植民地時代  
スペインによる植民地化
1521年 マゼラン率いるスペイン船団、セブ島に到着し、キリスト教を伝える。マクタン島の戦いで首長のラプ・ラプが
      マゼランを討つ。
1543年 ルイ・ロペス・デ・ビリャロボス率いるスペイン船団、サマール島とレイテ島に到着、これら諸島をフェリペ皇太子
      (後のフェリペ2世)にちなみラス・イスラス・フェリピナス(Las Islas Felipinas)と命名。
1565年 ミゲル・ロペス・デ・レガスピの遠征隊、メキシコからセブ島に到着し占領、スペイン植民地確立。
      ヌエバ・エスパーニャ(ニュースペイン)の一部となる。
1571年 レガスピ隊マニラ占領。
1603年 マニラで最初の華人反乱。
1762年 英軍マニラ占領(〜64年)。
1809年 イギリス、マニラに商館設立。

民族運動の展開
19世紀末になると、フィリピンにおける有産階級が成長したことや、世界各地を結ぶ航路が整
備されたことなどを背景として、フィリピンからスペインへ留学する層が形成されることになっ
た。こうした経験を通じてフィリピンにおけるナショナリズム形成の重要性を感じた留学生・
知識人は、徐々に本国政府への改革要求を強め、民族運動を展開していった。とりわけ、
ホセ・リサールがスペインで発表した『我に触るな(ノリ・メ・タンヘレ)』は植民地支配下の
フィリピンにおける諸問題を厳しく告発するものであり、民族運動に影響を与えた。
1892年にはホセ・リサールがフィリピンに帰国して「ラ・リガ・フィリピナ(フィリピン民族同盟)」
を結成するが、結成間もなくスペインに対する反逆罪で逮捕されるなど弾圧も強化されて
いった。1892年にホセ・リサールが逮捕されたことを機に、アンドレス・ボニファシオらに
よってカティプナンが結成された。より本国政府に対して急進的な姿勢をとるカティプナンは
1896年に武力蜂起を決行した。しかし、スペイン政府はホセ・リサールを処刑し、本国から
軍隊を派遣して革命鎮圧を図った。一方、革命勢力側はボニファシオとエミリオ・アギナルドの間の主導権争いが発生する
など、革命運動の統一を図ることができなかった。結局、実権を握ったアギナルドがボニファシオを処刑してスペインとの
戦闘に臨んだが、革命勢力・スペインともに疲弊する中で1897年12月にビアックナバト和約が成立し、アギナルドは
香港へ亡命することになった。しかし、ボニファシオの処刑にみられるように革命勢力は一枚岩ではなかったため、和約の
成立後も各地で反スペイン闘争は継続された。
− 1892年 ホセ・リサール、独立政治組織ラ・リガ・フィリピナ結成。鎮圧される。
− 1896年 武闘派独立組織カティプナンの蜂起。ホセ・リサール処刑される。
− 1898年 米西戦争勃発、米軍マニラ占領。エミリオ・アギナルド、フィリピン独立を宣言。
 
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■ アメリカ植民地時代  
− 1898年 パリ条約でスペイン、フィリピンを米国に売却。
− 1899年 フィリピン第一共和国(マロロス共和国)発足、大統領エミリオ・アギナルド。対米反乱(米比戦争)。
− 1901年 米軍、アギナルド逮捕。フィリピンはアメリカの主権の下におかれる。
− 1902年 フィリピン組織法。
− 1907年 第1回フィリピン議会開催。
− 1916年 米国議会ジョーンズ法を可決。
− 1934年 米国議会タイディングス・マクダフィー法で10年後のフィリピン独立を承認。
− 1935年 米自治領政府(独立準備政府、フィリピン・コモンウェルス)発足、大統領マニュエル・ケソン。
 
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■ 第二次世界大戦下のフィリピン  
1942年1月、日本軍はマニラを占領した。その後、4月にバタアン半島、5月にコレヒドール島の米軍を降伏させ、まもなく
在フィリピンの全軍が降伏に追い込まれた。
既にオーストラリアに逃亡していたマニュエル・ケソン大統領は、その後アメリカ合衆国に渡ってワシントンで亡命政府を
建てた。日本は従来までの統治機構を出来る限り活用しようとしたが、政治的決定の多くは日本に委ねられていた。
1943年、ホセ・ラウレルを大統領とするフィリピン共和国が建国された。日本はラウエル政権と同盟条約を締結し、形式面で
は日本の軍政期が終わった。しかし、ラウエル政権はフィリピン民衆の広範な支持をえることができなかった。

米軍降伏後、合衆国はフィリピン人ゲリラを組織して日本への抵抗を続けた。
一方で、フク団(フクバラハップ、抗日人民軍、のち人民解放軍)が中国の人民解放軍を
範としたゲリラ部隊を組織して、農村に支持を広げつつ抗日運動を展開した。
1944年、米軍がレイテ沖海戦を経てレイテ島上陸を果たした。1945年2月にはマニラを
奪回し、さらにルソン島北部に敗走する日本軍を追いつめて降伏に追い込んだ。この過程
で、多くのフィリピン市民が巻き込まれて犠牲になった。
抗日運動で活躍したフク団であったが、マニラ奪回後には共産党勢力を警戒したダグラス・
マッカーサーの意図によって武装解除を余儀なくされた。第二次世界大戦後も徹底的な
迫害が続けられ、親米政権が維持されることになった。1942年 日本軍マニラ占領(1月)、
コレヒドール島陥落(5月)。

− 1943年 フィリピン共和国(第二共和国)成立(10月)。大統領ラウレル、東京の大東亜会議出席(11月)。
− 1944年 レイテ沖海戦。米軍レイテ島へ上陸。
− 1945年 マニラ大虐殺(1月)。米軍マニラ占領、米自治領政府復活。
 
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■ 独立以後  
− 1946年 米国から独立(第三共和国)、大統領マニュエル・ロハス。
− 1946年 フィリピン航空が民間としてアジアで初めて太平洋横断する運行を開始。
− 1948年 ロハス死去、エルピディオ・キリノが大統領に。
− 1953年 ラモン・マグサイサイ、大統領に当選。ABS(現在のABS-CBN)がテレビ本放送を開始。
− 1956年 日比賠償協定調印、日比国交回復。
− 1957年 マグサイサイ大統領事故死、後継カルロス・ガルシア。
− 1961年 ディオスダド・マカパガル、大統領に当選。独立記念日をそれまでの7月4日から6月12日に変更。
− 1965年 フェルディナンド・マルコス大統領に当選(〜1986年迄)。
− 1966年 ABS-CBNがカラーテレビの本放送を開始。
− 1968年 フィリピン共産党(中国派)創設。
− 1969年 新人民軍発足(通称NPA,New Peoples Army)
− 1972年 戒厳令布告。軍隊が政府機能を掌握。
− 1975年 マルコス訪中、国交樹立。
− 1976年 ソ連と国交樹立。モロ人民解放戦線と暫定和平協定。
− 1983年 ベニグノ・アキノ元上院議員、マニラ空港(現在のニノイ・アキノ国際空港)で暗殺される。
− 1986年 エドゥサ革命、コラソン・アキノが大統領に就任。マルコス夫妻ハワイに亡命。
− 1989年 マルコス、ハワイで死去。軍反乱事件。
− 1990年 ルソン島北部の都市、バギオで大地震発生し、多数の死傷者。
− 1991年 ピナトゥボ火山噴火。米軍基地撤廃を決議。
− 1992年 フィデル・ラモス、大統領に就任。米軍撤退完了。
− 1995年 各地の軍事反乱終息。
− 1996年 モロ人民解放戦線と和平協定。
− 1997年 ディオスダド・マカパガル死去。
− 1998年 ジョセフ・エストラーダ大統領就任。
− 2000年 下院、エストラーダ大統領を弾劾。市民デモ(ピープルパワー)
− 2001年 第二人民革命。副大統領アロヨ、大統領に就任。
− 2004年 グロリア・アロヨ、大統領選挙で当選。しかし、その後アロヨは選挙の不正を認め国民に謝罪。
− 2005年 スビク湾の婦女暴行事件で、駐留米兵4人逮捕。付加価値税の引き上げ。
− 2006年 日本との2国間自由貿易協定(FTA)が締結される。日比友好50周年。
 
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